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▼2006年旅のコラム
32.フィレンツェで
  ホームステイ-2
31.フィレンツェで
  ホームステイ-1
30.シチリア!
  アグリツーリズモ
29.陶器の街
  カルタジローネ
28.ロンドン初上陸!!
27.セリエAの迫力!!
26.初めての
  セリエA観戦!
25.スペイン料理の
  奥深さ!
24.心の贅沢
  パラド−ル!
23.憧れのレアル!!
22.中世の街並が
  息づく街
21.犬も人も
  暮らしやすい国
中世の街並が今なお息づく美しい街「プラハ」!
 もし「今迄訪れた場所の中で、もっとも美しい街はどこか?」と訪ねられたら、チェコ共和国の「プラハ」をあげるだろう。戦争を免れ中世の街並が今なお息づくこの街は、ヴルタヴァ川(モルダウ川)の両岸に広がっている。街なかにゴシック、ルネサンス、バロック、アールヌーヴオーなど、様々な建築様式を見ることができるのもとても興味深い。
 見どころのひとつであるヴルタヴァ川にかかる「カレル橋」は、旧市街地とプラハ城をつないでいるプラハ最古の石橋だ。両側の欄干には聖人達の像が立ち並び、橋を渡る私達を600年もの間静かに見下ろしてきた。この橋のたもとに立ち、ヴルタヴァ川とカレル橋、橋の先に見える中世の赤い屋根の街並と小高い丘に佇むプラハ城の美しさに目を奪われたことを、昨日のことのように覚えている。夜は夜でプラハ城がライトアップされ、そのシルエットが浮かび上がる様は言葉には出来ないほど美しかった。
 1993年にチェコスロバキア連邦からチェコ共和国になったものの、私がプラハを訪れた7年前(1999年)は、なんとなくまだ社会主義体制の面影が残っているような気がした。
 チェコは伝統芸能としてマリオネット劇が盛んな国だ。だからプラハの街の至る所にあるおみやげ屋にもマリオネットが売られ、マリオネット劇場も数多く存在する。でもそれは子供向けのものというよりも、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」をはじめ歴史的なものを題材にしたものが多く、チェコ独特の芸術色が強いと言えるだろう。
 ただマリオネット劇発展の影には、ちょっぴり悲しい時代背景があった。チェコはずっと大国の支配下にあったため、自国の言葉を使うことを禁止されていた。そんな時代にせめてマリオネット劇の人形達に自国の言葉を話させることで、プライドを守ってきたのだ。それを知った時、一見滑稽で笑いを誘うマリオネット達の瞳の奥に、悲しい時の流れを見たような気がした。
 そしてモ−ツァルトがこよなく愛した街プラハは、チェコを代表する作曲家スメタナやドヴォルザークを生み、今でも街全体に音楽が溢れている。スメタナは祖国チェコの独立と民族復興運動にも力を注いだ。有名な「我が祖国」は晩年彼が聴力を失ってから作られたため、スメタナ自身は一度も聞くことはなかったという話を聞いて、また心が切なくなった。
 出発の日、9月上旬だと言うのにパラパラと白いものが降ってきた。しっとりと落ち着いた透明感溢れるプラハの街は“はかなげな雪”がなんて似合うのだろう。雪景色の時期にもう一度訪れたい!と思った。今なおヴルタヴァ川の流れのように、この街は時が静かに流れている。
 でももうひとつ、プラハを思い出す度せつなくなることがある。なぜ街の屋台で売られていた ホットドックを食べなかったのだろう!鉄板で焼かれた大きなウインナーの照り加減といい、匂いといい、実においしそうだった。旅に出たら地元の料理をいただくこと!これが私の強いポリシーだったのに・・。

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