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▼2006年旅のコラム
32.フィレンツェで
  ホームステイ-2
31.フィレンツェで
  ホームステイ-1
30.シチリア!
  アグリツーリズモ
29.陶器の街
  カルタジローネ
28.ロンドン初上陸!!
27.セリエAの迫力!!
26.初めての
  セリエA観戦!
25.スペイン料理の
  奥深さ!
24.心の贅沢
  パラド−ル!
23.憧れのレアル!!
22.中世の街並が
  息づく街
21.犬も人も
  暮らしやすい国
初めてのセリエA観戦!
 ワールドカップドイツ大会が今日6月9日に開幕し、いやが上にも日本中が盛り上がっている。サッカー好きはもとより、あまり興味がないという人でも、国ごとの戦いともなれば血湧き肉躍るに違いない!かく言う私も数カ月も前から興奮気味だった。 
 そしてこの大会は、選手にとっても自分を世界にアピールする大事な舞台だ。8年前に思いを馳せれば、フランス大会で活躍した中田英寿がイタリアセリエAのベルージャに入団。(関係ないけど、中田が最初に使ったイタリア語は「HO FAME.」(お腹がすいている。)だったっけ。)
 ずっと中田を応援していた私は、時差の関係上日曜日の夜に行なわれるセリエAの試合をライブで見たくて、慌ててWOWOWに入会し、退団するまでの全ての試合をビデオに撮った。中田が活躍して勝てば興奮して寝付かれず、負ければ悔しくて眠れず、どちらにしても月曜の朝は寝不足気味で、会社に行くのがちょっと辛かったのを覚えている。
 でもその頃から日本人も世界に通用するサッカーができる!という御墨付きがもらえたのか、世界のクラブチームの目に止まった選手達がこぞって海外に移籍した。まだまだ全ての選手が活躍できるわけではないが、海外に行く土壌が出来ただけでも喜ばしい。それによって技術面、メンタル面、フィジカル面の全てで日本のサッカーのレベルは向上したと思う。
 私が念願のセリエAの試合を初めてスタジアムで観戦したのは、1998年/12月のセリエAの最終戦。中田がいるペルージャVSフィオレンティーナ戦だった。フィオレンティーナにはまだバティストゥータやルイコスタがいた時期だったので、中田を応援しつつも、フランス大会の日本対アルゼンチン戦で1点を入れたあのバティと、ポルトガル代表ルイコスタが見られることに胸を躍らせていた。
 念入りにセリエA観戦情報を読み、フーリガンなる凶暴なサポーター対策を考えて、スタジアムの席はゴール裏から離れたペルージャ側にチケットを取り、フィオレンティーナの本拠地フィレンツェには宿泊せず、ペルージャに移動するにはフィレンツェよりも少し遠くなるが、あえてローマに宿泊した。試合終了後にフィレンツェに戻る日本人が、トレノ(電車)の中でフィオレンティーナのサポーターに襲われたと聞いたのは、翌日ローマのホテルで朝食を食べている時だった。さすがに人事では無い出来事に驚きを隠せなかった。
 そのころイタリア人は日本人を見ると「ナカ〜タ」と声をかけ、中田=ペルージャファンと決めつけていたようだ。私もペルージャ駅に着くとすぐ「中田の彼女かい?」と聞かれた。でもイタリア人らしい発想と地元の人達の中田への愛情表現と考えれば、スタジアムに行く間、しつこいくらいに何度も「ナカ〜タ」と言われたのも不愉快ではなかった。
 街中からペルージャのスタジアム「レナトクーリ」に向かうバスに乗り、どこで降りればいいのかわからないままきょろきょろしていると、人の波に押されて有無を言わせずバスから降りるはめになった。結局ほとんどの人がスタジアムに行くサポーターだったらしく、無事スタジアムに到着できた。
 フィレンツェとペルージャはさほど遠くない。トレノ(電車)でも2時間弱だ。しかもその年の最終試合ということもあり、フィオレンティーナのサポーターが大挙してペルージャのスタジアムに来るだろうと、スタジアムの周辺は武装した機動隊員がぐるりと警備していた。そしてフィオレンティーナとペルージャのサポーターが鉢合わせしないよう、サポーターの応援エリアにもしっかりと境界線がはられていた。
 最初はなんと重々しい警備・・とも思ったが、これがセリエAなんだ!これから始まる手に汗握る戦いにピッタリの序章だった。(続く)

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