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▼2007年旅のコラム
33.フィレンツェで
 ホームステイ-3
34.ロンドンの
 フリーマーケット-1
35.ロンドンの
 フリーマーケット-2
36.イタリア/
  修道院の宿
37.ネーラ
  ホームステイ-1
38.ネーラ
  ホームステイ-2
39.ネーラ
  ホームステイ-3
40.ドイツ-1
  フランクフルト
41.ドイツ-2
  ハイデルベルク
42.ドイツ-3
  ドルトムント
43.ドイツ-4
  フランクフルト2
44.ワールドカップ
  決勝戦

そして・・2006年ドイツでのワールドカップが終わった。
  ドイツのドルトムントで観た、ワールドカップ予選3戦目の「日本VSブラジル戦」は、まるで悪夢のようだった。もちろんブラジルに勝てるという自信はこれっぽちもなかった。1%のもしかしたら・・の気持が、玉田の豪快な先制点によって何十倍にも膨れ上がり、同点にされるまでの約10分間は、1%のもしかしたらが現実になるかもしれない!と、頭のてっぺんから足の先まで血が駆け巡るのを感じるとれるほど、興奮していた。
  だから・・。ナカタその後に訪れたあの怒濤のブラジルの攻撃は、予想以上に私に大打撃を与えた。何度も何度もボディーブロウを浴び、ふらふらになったところで最後の止めのアッパーカット!そしてスタジアムに倒れこむ・・。試合終了後に起きあがれないでいた中田は、まさに私自身、いやあの場にいた日本人サポーターそのものだったかもしれない。
  初戦のオーストラリア戦からの積み重なった悔しさが蘇る度、飛行機でもホテルでもずっとうなされ続けてきた私は、映画「エルム街の悪夢」の登場人物にでもなったかのように、憔悴しきった心と体で、日本VSブラジル戦の翌々日、ドイツを後にし、フィレンツェのホームステイ先へと向かった。
  日本を出発する1週間程前、サッカー好きの私に、ホ−ムステイ先のパパは「ヤスコがイタリアに来る迄日本とイタリアが勝ち続けているといいね!」と優しいメールを送ってくれた。私は願望も込め「日本が予選を通過したらイタリアと当たるかもしれない!そうなったらどっちを応援しようかな?」と返信していた。
  ステイ先に着くと、約10ヶ月振りの再会に待ち構えていたパパとママが、私のイタリア語のレベルも忘れ、自分達の近況を早口で、それもほとんど同時に話しだした。そして一頻り自分達の話をして満足すると、突然サッカーの話題に触れた。「ショックで何も話したくない・・。」その時私が言えた、精一杯の言葉だった。
  その頃イタリア代表は順当に予選を突破し、既に日本が負けたオーストラリアと戦うことが決まっていた。『これからは全力でイタリアを応援しよう!』私にとって、オーストラリアに勝ってからのイタリア代表の快進撃が、日本代表のボロ負けのショックを忘れさせてくれる、何よりの薬となった。
  そしてイタリア滞在中、あの陽気なイタリア国民とメディアまでもが、時に代表選手に対して厳しく批判する姿を垣間見ては、日本よりもはるかにイタリアがサッカー先進国であることを痛感させられた。
  でも悲しいかな、私は決勝戦をイタリアで見ることのないまま、イタリアを後にした。「決勝戦でイタリアがフランスに勝ったら、絶対に日本から電話するね!」娘シルビアと固い約束をかわして・・。
  イタリアがフランスに勝つ確率は、私の中では五分五分だった。正直イタリアがここまで勝ち残るとは思っていなかった。ジタンが最後のワールドカップを有終の美で飾るのか?勢いにのるイタリアが一気にフランスを下すのか?
  私はイタリアが勝つことを想定してイタリア語のカンペを作る。会って話すなら表情で少しはごまかせるが、電話での会話は私のイタリア語のヒヤリングレベルではかなりの難関だ。おまけにシルビアは滑舌があまりよくない。その上とても早口で、目の前で話していても常に?だらけだった。若いのにパパ譲りのフィレンツェなまりもある。日本時間早朝三時半からはじまる試合を見た後の寝ぼけ頭で、果たしてどうなることやら!
試合終了  結果は1対1の引き分けでPK戦にもつれ込み、5対3でPKを制したイタリアが優勝。試合内容は、ジタンの頭突き退場を除けばとても良い試合だったと思う。終了の笛が鳴り響いた瞬間「もうサッカーの試合が観れないんだ。」と祭りの後の寂しさを感じたが、感傷に浸る暇はない。カンペを持ちドキドキしながらダイヤルを回した。
  イタリアは夜の11時半を過ぎた頃だろうか。『プロント?(もしもし?)』シルビアが電話口に出た。「優勝おめでとう!いい試合だったね。」『????』案の定何を言っているのかわからない。早口な上に輪をかけて興奮の極致だから叫び声のような雄叫びのような・・とにかく全く聞き取れない。
  私は漫才師の合の手のように、シルビアの言葉が途切れた瞬間にカンペを読む。果たして会話は成り立っているのだろうか?一抹の不安が過ったが、考えていたら合の手の“間”を逃してしまう。「本当に優勝おめでとう!セルジオパパとミリアママによろしくね!」握りしめていたカンペの半分も伝えられぬまま、無理矢理電話を切った。
  その瞬間、私のワールドカップも終わった。

追記:オシム監督のあまりにも突然の退任には、残念の一言だ。オシム監督の熱い思いを、岡田監督が引き継いでくれることを、念じてやまない!


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