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摩訶不思議!!存在感のある街「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」
 小さな丘の上にぽつんと現れたチヴィタ・ディ・バニョレッジョの街は、私の想像をはるかに超えた存在感があった。まるで将棋崩しをしていて、にっちもさっちもいかなくなった将棋の山のように、街が小さな丘のてっぺんに危なげに存在していた。しかも土台が凝灰石で出来た街の回りは、長い年月の間に激しく侵食され、今は絶壁となっている。“ユニーク”などと言う言葉では簡単に表す事の出来ない、ある意味悲愴感さえ漂う摩訶不思議な街だった。チヴィタの街
  ステイ先のパパはもう4家族しか住んでいないと話していたが、確かに観光地として訪れるのとこの街で暮らすのとでは大違いだろう。まず全く車が入れない。チヴィタの街を繋ぐ300m程のコンクリートの橋もとても急な坂道で、やっと入口の門に辿り着いた頃には、パパは息も絶え絶えになっていた。
  街の入口にあるサンタ・マリアの城門には、ライオンが人の頭をつかんでいる石のレリーフが2つある。チヴィタは一時、同じようにエトルリア人によってチヴィタ 1つくられた隣り街「オルヴィエート」の支配下にあった。しかし住民達の反逆によって街を取り戻し、その勝利を称えてこの石のレリーフを作ったのだという。
 そして、かつてはチヴィタの街から1km程離れたバニョレッジョの街とひと続きの高台だった時代もあると聞くと、今は陸の孤島のようになってしまった、日々寂れ廃虚化していくこの街がとてもいとおしく感じられた。
  街は30分もあれば全て歩いて回れるくらいの大きさだった。この街に来る途中、パパは何度も「ここのクロスティーニは最高においいしんだよ。」と話していたが、街の散策が終わると、そのおいしいクロスティーニが食べられるという、チヴィタの街に唯一ある店に連れて行ってくれた。
 そこは大きめのパンを薪の暖炉で焼いて作るクロスティーニの店だった。ペーストをのせるものもあったが、私達は最もシンプルな、焼いたパンにエキストラヴァージンオイルチヴィタ 2だけをかけていただくクロスティーニを選んだ。シンプルながら、パンの香ばしさとオリーブオイルのフルーティーさが解け合って「なんておいしいの!」結局同じものをもう一枚注文し、パパと半分ずつわけて食べた。朝食を食べてからまだそんなに時間がたっていなかったのにもかかわらず、自分の顔ぐらいあるクロスティーニを一枚半、ぺロッと平らげた。
  そして薪で香ばしく焼かれた素朴な味わいのパンもさることながら、ここのエキストラヴァージンオイルがまたひと味違う。パパ曰く「有機栽培で作られた、この地方特産のおいしいエキストラヴァージンオイルだからね!」あまりにも私がおいしいを連発し、且つ絶賛したので、パパは私のためにそのエキストラヴァージンオイルチヴィタ 3を1本買ってくれた。
  薪の暖炉の赤い火が、穏やかな時を運んでいる・・。私がまたこの街を訪れる時、チヴィタの街は一体どうなっているだろう?このクロスティーニをまたここでいただくことはできるだろうか?店の人達の屈託のない明るい笑顔と、時間が止まったような静けさに包まれたチヴィタの街は、私の中に絶対の存在感を残した。(終)


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