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▼2019年旅のコラム
84.ポルトガル/
 コインブラ
85.ポルトガル/
 ギマランイス
86.ポルトガル/
 ブラガ
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87.ポルトガル/
 ポルトC
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 私達が宿泊していたホテル『メルキュール・ポルト・チェントロ』の朝食はビュッフェスタイル。メニューはわりと豊富で、ちょっと意外な感じだがパンが美味しい。6連泊する私達には何よりだ。今朝は焼きたてのエッグタルトも登場し、気分が上がる。
 私がビュッフェに並んでいると、アジア系の背の高いおじさんに「どこから来たの?」と尋ねられ、「日本です。」と答えると、彼は満面の笑みを浮かべ「僕は妻と韓国から来たんだ。」私達のテーブルに来て、子供の頃日本に住んでいたことがあって、日本名もあるとにこにこと楽しそうに話す姿に、高齢な韓国人は反日の人も多いが、彼が親日家で本当に良かったと嬉しくなった。
 今日はサン・ベント駅から祈りの町と言われているブラガへ向かう。(約70分)すると駅でさっきの韓国人ご夫婦とばったり。彼らもブラガに行くというので同じ列車に乗車した。縁とは不思議なもので、ポルトからリスボン移動日も、リスボンから私達は日本へ、彼らは韓国に帰国する日も同じ。さすがにリスボンの宿泊ホテルは違ったが、リスボンのメインストリートで、またこのご夫婦と奇跡的な再会を果たすことになる。
 韓国人ご夫婦とはブラガ駅でお別れ。まずは旧市街地のメーンゲート『アルコ・ダ・ポルタ・ノヴァ』を目指し、ソウト通りをまっすぐ進んで町の中心レプブリカ広場に出るつもりが、方向音痴の私達は完全に道に迷ってしまった。前を歩く女の人に道を尋ねると逆方向に来てしまったようで、女の人が道案内してくれてようやくレプブリカ広場に着いた。広場近くのインフォメーションでブラガの地図をもらい、『カテドラル』や『ペリカンの噴水』、『アルコ・ダ・ポルタ・ノヴァ』などを見て回る。ブラガの町は見所が広場周辺に集まっているので、徒歩で回れるのがいい。
 昼食後、ブラガ郊外にあるキリスト教の巡礼地『ボン・ジェズス』にバスで向かう。リベルターゼ大通りにあるバス停で02番のバスを待っていると、若い男の人が日本語で「日本人ですか?」彼は3ヶ月前からポルトに住んでいる日本人で、初めてブラガを訪れたという。目的地が同じだったこともあり、一緒にボン・ジェズスに行くことになった。バスの中で自己紹介をしていると、突然日本に住んでいたことがあるイギリス人から、流暢な日本語で話しかけられびっくり。今日は何てグローバルな日だろう!
 『ボン・ジェズス』は私がぜひ来たかった場所だ。教会へと続く美しいバロック様式の階段は、下が五感の階段、上が三徳の階段と呼ばれ、それぞれの階段に泉がある。五感の階段(視覚の泉・聴覚の泉・嗅覚の泉・味覚の泉・触覚の泉)と三徳の階段(信仰の泉・希望の泉・博愛の泉)はとても興味深く、海抜400mの丘の上に建つ教会から眼下に広がるパノラマは素晴らしかった。

 ポルトに戻る列車の中で、雲の切れ間からのぞく虹を発見。キリスト教の聖地ボン・ジェズスの、五感と三徳全ての泉の水に触れたからだろうか? いいことあるといいな。ポルトに戻り、ホテルの部屋から見える夕焼けに紅く染まる美しい夕景に見とれてしまう。明日も快晴間違いなしだ。そういえば、ボン・ジェズスに一緒に行った若い日本人の男の人に、「方向音痴だから中々目的地にたどり着けない」とこぼしたら、オフラインで検索出来る地図ソフト『maps.me』を教えてくれた。ホテルで早速インストール。これがリスボンで大いに役立った。いいことあったかな。


   

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