Animomano アニーモマーノ

トップページ
2005年の
旅のコラムはこちら
2006年の
旅のコラムはこちら
2007年の
旅のコラムはこちら
2008年の
旅のコラムはこちら
2009年の
旅のコラムはこちら
2010年の
旅のコラムはこちら
2011年の
旅のコラムはこちら
2012年の
旅のコラムはこちら
2013年の
旅のコラムはこちら
2014年の
旅のコラムはこちら
2015年の
旅のコラムはこちら
2016年の
旅のコラムはこちら
2017年の
旅のコラムはこちら
2018年の
旅のコラムはこちら
▼2019年旅のコラム
84.ポルトガル/
 コインブラ
85.ポルトガル/
 ギマランイス
86.ポルトガル/
 ブラガ
87.ポルトガル/
 ポルトC
88.ポルトガル/
 リスボン@
89.ポルトガル/
 シントラ・ロカ岬
90.ポルトガル/
 リスボンA
91.ポルトガル/
 リスボンB
New!

 リスボン滞在最終日。今日もホテルから望む青い空とリスボンの街並みのコントラストが美しい。先ずは丘の上の「バイト・アルト地区」周辺を散策する。ロシオ広場沿いの階段を上り最初に訪れたのは、日本の天正遺欧少年使節がリスボンに辿り着いた際に滞在したイエスズ教会、イタリア・バロック様式の「サン・ロケ教会」だ。外観はシンプルだが教会内は黄金色に輝いて、バロック芸術の傑作と言われているサン・ジョアン・パブティスタの礼拝堂は特に素晴らしかった。
 サン・ロケ教会そばのサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台でリスボンのパノラマを眺め、その後リスボン名物、家が立ち並ぶ狭い通りをケーブルカーで下るグロリア線に乗った。乗車時間はあっという間だがリスボンらしい風情がある。そしてロシオ広場を抜け、「シアード」にある1755年の大地震で倒壊した「カルモ教会」へ。石造りの教会が崩れ落ちた痛ましい姿は地震の脅威を感じる。
 カルモ教会近くのサンタ・ジュスタのエレベーターの前で、冬の名物焼き栗を売っていた。10月末なのに気温が高く観光客は半袖に短パンだ。フィゲイラ広場のスーパーでピリピリ(香辛料)を、リカーショップの土産物屋で、谷間の真珠と呼ばれるかわいい町「オドビス」のお酒「ジンジャ」を購入。ジンジャはサクランボを漬け込んだ果実酒で、アルコール度数は約20%とやや高め。小さなチョコレートのカップに入れて飲む。値段は高いがオドビス産ジンジャは質が良いので、オドビス産ジンジャを買った。サクランボの香りと程よい甘みが良い。ジンジャは意外にも酒好きの友達にも好評だった。
 フィゲイラ広場で市が開かれていたのでのぞいてみると、中はフードコートになっていて、簡易のテント内は人だらけだ。そこで私達はサングリアとポルケッタ(豚の丸焼き肉をパンに挟んだもの)を頂いた。ポルケッタはイタリア中部でも名物料理だが、白ワインのサングリアとの相性はグッド!その後歩き疲れたので賑やかなアウグスタ通りのテラス席で、バニラアイス添えのサラータ・デ・フルータ(お酒入りフルーツポンチ)を注文した。サラータ・デ・フルータが運ばれて来た時、見覚えのある人達が歩いてくるのが目に入る。ポルトのメトロポールホテルの朝食で何度も顔を合わせ、偶然ブラガ観光も一緒だった韓国人の御夫婦だ。リスボンに移動する日も同じで、「リスボンで会えたらいいですね。」と話したが、まさか本当に再会するとは。向こうも私達に気が付いて驚きの声を上げている。記念に一緒にセルカを撮った。
 ファドは食事をしながら聴くのが定番だ。予約時間迄まだ時間があるので一度ホテルに戻り、少しだけオシャレな服に着替えた。そしてテージョ川に面したコメルシオ広場のレストランでカフェを飲みながら、リスボン最後の夕景を目に焼き付けた。日本に戻り偶然知ったが、このレストランは料理全てが缶詰という最近評判の店だった。
 ファドハウス「CLUBE DE FADO」はステンドグラスのバラ窓が有名なカテドラルの近く。店内は既に満席状態だ。30分毎に20分程のファド演奏があるので、演奏がない間に注文と食事をするのでちょっとせわしない。ファドの歌詞はよくわからなくても、ギターラとヴィオラが奏でる哀愁ある旋律と歌い手の切ない歌声は、日本人の私でも心揺さぶられるものがある。そして歌い手は後から登場する人程上手いらしい。3人の歌声を聞いたが、やはり最後の歌い手が一番上手かった。帰り際、偶然ファドの女性歌い手二人に遭遇し、写真を撮らせてもらった。ラッキー!
 明日はリスボンとお別れだ。長いと思ったポルトガルの旅もあっという間だった気がする。初めて訪れたのに、この懐かしい感じは何だろう。素朴で人間臭いポルトガルに、必ずまた戻って来たいと思う。

 

Copyright (C) 2019Animomano, All rights reserved.